翻訳と辞書
Words near each other
・ 楊子崇
・ 楊子江
・ 楊子雲
・ 楊宇朝
・ 楊宇霆
・ 楊守敬
・ 楊宗妙
・ 楊宗緯
・ 楊定
・ 楊定 (仇池)
楊定 (後漢)
・ 楊宜妃
・ 楊家坪駅
・ 楊家太極拳
・ 楊家女将伝 〜女ドラゴンと怒りの未亡人軍団〜
・ 楊家女将伝 女ドラゴンと怒りの未亡人軍団
・ 楊家将
・ 楊家将 (北方謙三)
・ 楊家将伝記 兄弟たちの乱世
・ 楊家将演義


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

楊定 (後漢) : ミニ英和和英辞書
楊定 (後漢)[よう てい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よう, やなぎ]
 【名詞】 1. willow 2. slim
: [のち]
  1. (n,adj-no) afterwards 2. since then 3. in the future 
: [かん]
 (suf) man (negative nuance)

楊定 (後漢) : ウィキペディア日本語版
楊定 (後漢)[よう てい]

楊 定(よう てい、生没年不詳)は、中国後漢時代末期の武将。字は整修涼州の人。
== 事跡 ==
当初は董卓配下であったが、董卓暗殺後は王允に従った。しかし王允の傲慢な態度に怒り、胡軫と共にの下に寝返って、長安を攻め落としている。李の下では、安西将軍となった。
興平2年(195年)、李と郭汜が対立すると、楊定は郭汜側につき、自陣に献帝を迎え入れようと画策した。しかし、先手を打った李に献帝を奪われてしまった。その後、張済の調停もあって李と郭汜らは和解した。楊定は、郭汜・董承楊奉らと共に献帝を護衛して、洛陽へ向かうことになった。同年7月、後将軍に任命されている。
同年10月、洛陽へ向かう途中の新豊で、郭汜が献帝を独占しようと企んだが、楊定は楊奉と共に郭汜を破り追い出した。さらに華陰まで進むと、その地に駐屯していた段煨が献帝に物資を献上し、自分の本営に招き入れようとした(なお、段煨には献帝を政治利用する意図は無かったという)。しかし段煨と不仲だった楊定は、これを阻止しようと段煨が謀反を企んでいるとして攻撃したが、10日経っても勝負は決しなかった。その後、李らが段煨を支援し、郭汜が楊定の進路を遮ってしまったため、楊定は進退窮まって荊州へ逃走した。その後は史書に記述が見当たらない。
小説『三国志演義』では登場しない。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「楊定 (後漢)」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.